序 なぜ今「これからの健康いきいき職場づくり」が必要とされるのか
従業員が健康でいきいきと活動する中で成長するとともに、活力ある職場を作ることを通じ、企業・組織の成長に資することを目指す取り組みである「健康いきいき職場づくり」[1]を推進する「健康いきいき職場づくりフォーラム」[2]は、「健康いきいき職場づくり」に関する具体的方策についてのノウハウ蓄積と提供、科学的根拠や推進ツールの研究開発及び普及・啓発を目指し、学識者と産業界の労使による準備会合を経て、東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野と公益財団法人日本生産性本部の共同事業として2012年に設立されました。シンポジウムや定例セミナー、各種研究会、会員交流会や、学識者によるリレーコラムといった活動を通じ、多くの学識、企業、労働組合、健康保険組合等の参画を得つつ、「健康いきいき職場づくり」や健康経営[3]推進のための理論や取り組み事例の蓄積と発信、具体的な支援を行ってきました。
このたび「健康いきいき職場づくりフォーラム」の活動10年の節目を迎え、これまでの活動を踏まえながら、これからの時代の「健康いきいき職場づくり」のあり方を幅広く検討することとしました。本報告書は、後述する検討会での討議に基づき、「これからの健康いきいき職場づくり」のあり方についてとりまとめたものです。序論では、検討会の設置の背景について概観します。
職場のメンタルヘルスを巡る問題については、1980年代から社会問題としてクローズアップされ、2000年代には企業の経営とも関連する大きな課題として認識されるようになり、その時代時代の課題に合わせてさまざまな取り組みが行われてきました。中でも、2012年に提唱された「健康いきいき職場づくり」は、従来の不調者対応が中心のメンタルヘルス対策に加え、①ポジティブなメンタルヘルスの実現を目標とし、②職場や企業の持つ社会的・心理的な資源に注目し、③健康管理だけでなく企業の経営方針や職場のマネジメント等を含めて、経営として従業員の心の健康を増進しようとする、新たな方法論を提示しました。この考え方は、各企業での実践や「健康いきいき職場づくりフォーラム」での発信・支援活動等を通じて、従業員の健康づくりの経営への統合の流れに大きく貢献してきました。
一方で、近年では、第2章でも言及するような、Society 5.0時代の到来や新型コロナウイルス感染症の拡大等に伴い、企業・組織や働く人を巡る状況に大きな変化が発生しつつあります。こうした変化に対応する上で、企業経営の基盤となる従業員の心身の健康の保持・増進や、ワーク・エンゲイジメントに代表される働きがいやポジティブなメンタルヘルス、そして職場の一体感を向上させるための活動である「健康いきいき職場づくり」の重要性はますます増していると言えます。ただ、これらの変化の中で新しい課題や新しい状況が生まれてきており、これまでと同じやり方では限界があることも明らかになってきました。新しい社会の変化に対応するために、「健康いきいき職場づくり」の考え方や取り組みにも新たな視点が必要とされることになります。
また、現在起きている変化は一過性のものではなく、今後もある程度継続するトレンドであることが想定されます。そのため、応急措置的な対応にとどまらず、これまでのさまざまな取り組みによる成果を活かしつつ、今日的な課題に対応し、さらに近い将来予想される企業・組織や働き方の変化を踏まえて、これからの方向性を議論することが求められます。
このような問題意識の下、2021年10月に、労使・学識・官庁の有識者からなる会議体「健康いきいき職場づくり“これから”検討会」[4]を設け、議論を重ねてきました。本報告書は、そこでの議論をまとめた、いわば「健康いきいき職場づくり」についての過去・現在・未来を見据えた討議を集約したものです。本報告書が、「健康いきいき職場づくり」にご関心をお持ちの皆さまと共に「これからの健康いきいき職場づくり」の取り組みを実践していく起点となることを祈念しております。
（なお、本報告書の記載及びそのもととなった検討会での発言の内容は、すべて委員個人の見解であり、委員所属組織の公式的な見解を示すものではありません。）
[1] 「健康いきいき職場づくり」については、例えばhttps://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000050925.pdf（平成 21～23 年度 厚生労働科学研究費労働安全総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」平成23年度総括・分担研究報告書）を参照。なお、本報告書内で述べる「健康いきいき職場づくり」は、特に注釈がある場合を除いて、「健康いきいき職場づくりフォーラム」の活動にとどまらず、企業・組織と労働者がともに健康で、いきいきと活動し、お互いに成長する、理想的なあり方を実現するための取り組みを幅広く意味している。
[2] 「健康いきいき職場づくりフォーラム」についてはhttps://www.ikiiki-wp.jp/を参照。
[3] 「健康経営」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標。
[4] 同検討会のメンバー構成、会合等の実施概要は文末参考資料①・②を参照。