【講義】「企業にとってより良い採用とは何か」(横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院准教授 服部泰宏氏)
経営学が専門である服部准教授よりご自身が「企業に対して答えを提供するよりも、共に考える臨床(≒コンサルテーション)というかかわり方」というスタンスで研究を進める中、「採用」という会社組織と最初に関わる時点とその後の定着の段階で、メンタルヘルス上どのような問題が起こるかについて、お話しいただきました。
求職者の就職活動から定着までは、「出会い ⇒ 選択し ⇒ 馴染む」という流れで進んでいきますが、最初の「出会い=マッチング」の段階からボタンの掛け違い起こると、就職した後、職場に対する満足度は低下することが指摘されました。
ではなぜ、そのボタンの掛け違いが起こってしまうのでしょうか?そうした問題を科学的に研究しているのが「採用学」というテーマです。日本企業の採用現場では、科学的な視点よりもフィーリングが重視されることがあります。また、求職者自身も就職活動期間でその心は様々に揺れ動きます。そのような中で、企業が採用時に何ができるのでしょうか。
採用時における求職者の意思決定については、大きく3つのステップに分けられます。
①どの会社にエントリーするか
②その企業での就活を続けるか
③内定を受け入れるか
これらの決断に対して大きな影響を与える要因は、就職活動の初期と後期で異なることが分かります。最初の段階で重要なのは、なんとなく自分に合っているというフィーリングです。この段階で企業側が「経営理念」などから始まる具体的な話をしてもあまり響きません。
一方で後半になるにつれて、判断をフィーリングだけに委ねることは少なくなり、具体的な情報を基に判断をする視点に切り替わっていきます(但し、フィーリングから具体的視点に切り替えるタイミングは個人差がある)。
具体的に判断する時点では、「情報を得て適切に処理できる」能力と、企業への志望度の高さなど「情報を処理することへの動機」という2点が必要となり、これを「精緻化見込みモデル」と言います。これが欠けているほどフィーリングに頼る傾向がありますが、学生の場合は後期になると少しずつ見る目が養われていきます。一方で、切り替えができず、イメージで企業を評価して最後まで具体的情報を持たないまま判断してしまうことに入社後の失望に繋がる一因があります。
現在の学生の就職活動は短期決戦であるため、フィーリングに頼ったままの状態で入社を決めることも多く、就職後の不満・失望を生みやすい環境だと言えるのではないでしょうか。
そのような短期の就職活動の中で、学生はどのような要因で内定を受諾するのでしょうか。キーワードの一つは、「成長できる場所」かどうかです。これはマジックワードのように多くの学生が口にします。そして、「成長できる場所」だと感じられるかどうかは、面接に対するフィードバックを受ける機会が多い場合だそうです。さらに、面接官との間でしっかりコミュニケーションできたかが重要だという学生も多くいますが、これは就職活動が短期決戦でコミュニケーションを取れていない採用活動が多いことの表れと言えるでしょう。
◆横浜国立大学の服部准教授
さて、就職活動を経て、入社した人たちは、その後どのような心の動きを経験するのでしょうか。研究結果によると、入社後10年間をみた場合、最初は会社に対する愛着は高いところから始まり、しばらく低迷したのち再び上昇するバスタブ状の曲線を描きます(全員ではないが、非常に多くの人がこれを描く)。 スタート時点は概していわゆる「ハネムーン効果」が起こります。最初はある意味マヒしているほど高く、それが間もなく落ちていく=「会社に対しての幻滅」を感じる状況に変わります。再び会社への愛着が向上するタイミングは、部下を任されたり責任ある仕事を任されたりする7~10年後の場面です。このタイミングで、「会社を俯瞰できる・違う視点で見ることができるようになった」と認識します。こうして見ると、そこに至るまでの低空飛行をどう潜り抜けるかがメンタル不調を防ぐうえで重要なこととなります。
会社への幻滅を抱く理由は大きく2つあります。1つは就職する側が間違えた期待(往々にして過度な良い期待)を会社にしていることです。もう1つは、本来伝えておくべき情報を会社側が伝えていない事実です。
この幻滅は「リアリティショック」とよばれるもので、人材定着やメンタル問題にかかわるものであり、多くの人がこれを経験しているのではないでしょうか。もともと抱いていた期待と現実とのギャップにショックを受けることを指し、ポジティブなものもありますが、往々にしてネガティブなものです。会社に入社する前、就職時にパンフレットやセミナーなどで会社からいろいろな情報が提供され、それに対して様々な期待を求職者が描きますが、その期待と現実の差が大きいほどショックが大きくなります。
アメリカではこのショックを解消するために、リアリズムに基づく採用を目指し不要なショックを避ける動きが進んでいます。これはRealistic Job Preview(RJP)という手法で、良いこと/悪いことの両面を採用段階で提示することです。この採用方法により、最初から本気の応募者を中心に採用を進め、ほしい人材以外を落とし、事前に互いの期待をすり合わせることで入社後の満足・定着を目指します。これにより、ワクチン効果(=現実に厳しい場面にあったときにも最初から悪い情報=抗体を得ているため大きなショックにならない)、スクリーニング効果(求職者自身が自分のことを事前にスクリーニングすることで、内定辞退率が下がる)などの効果が期待できます。
一方日本ではインターンシップを除きリアルな情報開示は進んでいないのが実情です。日本ではよい情報ばかりを開示し、本気ではない人も含めて数多く集めた中からいい人を採用することが多くの会社で是とされています。この手法を見直す必要があるかもしれません。
これまで見てきたように、求職者は揺れ動く心を持ちながら、就職活動中にできる限りの情報交換によって、会社と「心理的契約」を結び、入社します。心理的契約とは、この場合、入社する自分は何が期待でき、会社は自分に何を期待しているのかを、文書化されない心の契約として結ぶことです。そして重要なのは、新入社員を含む若い人にとって「うちの会社」という言葉に表される契約の相手は、大きな単位の組織や経営層を含めた概念ではなく、実は最初の接触相手である採用担当者・リクルーター、また入社後の直属の上司・先輩のことを指しているそうです。その人たちの言葉から出た言葉が会社の言葉となり、期待や失望に繋がるわけです。その意味でも、人事部門やマネージャーは組織の臨床家という立場・観点で一人ひとりと向き合わなければならないということが最後に指摘されました。
【講義】「職場のメンタルヘルスと採用時の視点」(筑波大学大学院 社会医学系 産業精神医学・宇宙航空精神医学 教授 松崎一葉氏)
ご所属が社会医学で、マクロな精神医学を担当している松崎教授より、「働き方改革と業績向上」や「ダイバーシティと組織一丸」など相反する要求の軋みを受ける現場において求められる資質についてお話しいただきました。
現在の職場においては、「働き方改革(例えば残業削減)と業績向上」や「ダイバーシティと組織一丸」など相反する要求の軋みが生じています。その間をつなぐスキルを管理職が持っていなければ、上からの成果要求に加えて部下の疲弊が続き、高度のストレスを回避することができません。これを回避・突破できる資質は「採用時における伸びしろの評価」と「若い人をしっかり成長させていく教育力」です。
初めに日本と欧米における採用方法の違いを見てみると、日本型採用は「メンバーシップ採用」と呼ばれ、スキルのない人材を自社の社風に合うかどうかの感覚で採用し、ゼロから職能教育を3~5年施し一人前に仕上げていく方式です。会社や社是への同調圧力があり、時に悪しき一体感・一家主義となることでイノベーション創出はしにくくなってしまい、安定期には適していますが若い粗削りな芽がつぶされてしまいます。
それに対して欧米型採用はジョブ型採用と呼ばれ、特定のジョブに人を割り当てる採用の為、即戦力が重視されます。アメリカに代表されるように多民族国家は当然ダイバーシティがあるため、人と違う異質なことをしても誰かにつぶされたりせず、イノベーションが起きやすい素地あります。
両者の採用方法には良し悪しがありますが、日本は単一民族の為、往々にして経営者は一体感がないことに対して不満を抱き、同じ価値観であるべきだという考えを持ちます。これは日本的同調圧力です。これが無言の圧力となり、特に入社後に新人はその真摯な日本的良心から、過重なノルマと時間外労働にも耐えようとする傾向があり、これが行き過ぎた場合、また自己愛のゆがみによって援助希求ができないと、はメンタル不調を引き起こす可能性が高まることに注意が必要です。
「採用時における伸びしろ」を評価する際に、このように「自己愛が歪んでいないこと(できないことをできないと言える力を持っていること)」、そして「情緒性が豊かであること」を見るのは大切です。情緒性については最後に触れます。
相反する要求によって高ストレス状況から回避できない場合(不確実で想定外の多い困難な時代)には、従来の医学がとってきたリスクファクター(生活習慣・ストレッサー)を特定しそれを取り除こうという「疾病生成論」とは逆の、健康維持を可能にする要因(サリュタリーファクター)を知り、それを強化しようという立場をとる「健康生成論』こそが重要なことだということが見えてきました。
極度の不利な状況に直面しても正常な平均状態を維持することができる能力(=跳ね返ってくる力を打たれ強さに変換するレリジエンスという力)が強い人はストレスをコーティングすることができます。これからの企業においては社員のレリジエンスを強化していくことが重要です。では、強いレリジエンスを養うには何が重要かというと健康生成論を提唱したアーロン・アントノフスキーによると『汎抵抗資源(GRR: Generarlized Resistance Resources)』と『首尾一貫感覚(SOC:Sence of coherence)』の2つが重要だとされています。
GRRとは、所属している組織の公正性や教育力・身分/経済的安定の保障・ストレス対策の機能しうる仕組みなどの資源を指します。また、SOCとはこの組織で真摯に一生懸命やりさえすれば、『たぶんこうなるだろう』と予測可能であり(モデル)、『たぶん結果はうまくいくだろう』と思うことができる(成功体験)、そして『たぶんそれは自分の成長につながるだろう』という感覚のことです。この組織の資源(GRR)と個人の感覚(SOC)の両方が重要となります。
人事システムで備えているリソースを社員がうまく使えているかどうか。例えば研修をやるというリソース(=GRR)を提供されているにもかかわらず、講義を聞いていないということは、使う力(=SOC)がないということになります。提供された資源を使う力がない為成長に繋がらないという結果になってしまいます。しかしながら、力がないからその個人が駄目だと考えるのではなく、『使う力を持たせる』もしくは『なくても使おうとできるようなリソース』に変えるという組織・個人両面からの双方向性が必要です。
個人がもつ SOCについては、計算ずくで納得したというものではない感覚であり、「なにか役に立つかもしれない」という鈍感力とも言い換えることができます。論理性と情緒性の高いバランスであり、『冷静に論理的に分析できる一面』と『不合理や理不尽さに耐えられる情緒的余裕』、自らの不遇さに対して自分を信じて楽観視できるかどうか、「経験と才能のある私がこのサポート体制の中でこれだけやったのだからあとはなんとかなるさ」と思える感覚です。加えて、マネージャーとして部下をけん引するには全体把握感(時系列・プロセス全体を見通し「今は厳しいけど」と乗り越えることができる感覚)も重要です。これらの資源と感覚が高いストレス耐性を持つ人材の育成・成長に大きくかかわります。
その他、『経験的処理可能感』が豊かである人の方がより成長します。経験的処理可能感が豊かとは、「ここまでは自分で出来るはず」と確信し、「ここからは未知の部分」と早期に援助希求できる、やみくもに一人で“被害妄想的不安のスパイラル”に落ち込むことなく経験に根差した対応をできる感覚を持っているなど、健全な自己愛を持ち、等身大の自分が見えている事です。
健全な自己愛を持ち、等身大の自分が見えている人は青天井に伸びますが、そうでない人は正常に援助希求できず、できないと言えない状態が続き抱えきれなくなってしまう結果、成長が頭打ちになってしまいます。健全な自己愛を持つことで、出来ることと出来ないことの切り分けができ、出来ないことを「出来ないかもしれない」と言えることで、恥じることなく援助希求ができます。
最後に、他人から学び自己の成長を実現する力として情緒性(同一化による取り込み)があります。情緒性豊かな人は、「純粋にあこがれる情緒的共感性」から無意識に優れた人、敬愛する人と自分を同一視し、その考えや行動をまねながら知識経験を取り込んでいくことができます。
お二方の講演の後は、ご参加の皆さんにグループになっていただき、自社の取組の紹介や感想などについてお話合いをいただきました。どのグループも初対面ながら大変盛り上がり、様々な意見交換を進めていただきました。
その後の質疑応答の内容、および当日配布資料は、会員専用ページにアップ致します。
下記リンク先より、会員ログインの後、ご確認ください。
4月19日 定例セミナー 質疑応答内容 ・ 配布資料はこちら
◆グループでの話し合いの様子
◆質疑応答の様子
当日ご参加いただいた皆様からのアンケートの内容を以下に抜粋してご紹介させていただきます。
(服部先生へ)
・RJPに興味を持った。期待と現実のズレをいかに小さくするか、それに気づかせるかがやはり大切だと思った。
・リアリズムに基づく採用に興味を持った。
・心理的契約にはっとさせられた。
・若手社員の期待を把握した上で、現実と折り合いをつけるためにマネージャー、人事が治療していかなければならない。
・ロジカルに整理された内容だったため、採用について感覚知からロジックに変えることができた。
(松崎先生へ)
・伸びしろをいかに伸ばすか、人事としてリソースをうまく利用していくべきと思った。
・レジリエンスの要素について、自体験も交えて話されて大変面白かった。
・教育力の重要性、管理職のスキルが大切だということ。
・自己愛の健全性、情緒的共感性+教育力、社員と組織の双方向性が大切。
・個人と組織の双方向でレジリエンスを形成する、決して切り捨てずに違うアプローチを考えることに共感した。
ほか、多数のご感想をいただきました。
当日ご来場いただいた皆様、ありがとうございました!
次回の定例セミナーは、「2年目のストレスチェック制度」というテーマで、
東京大学・川上教授の講義始め、先進企業2社様の事例をご紹介いただきます。
皆様のご参加をお待ちしております。
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